左手首に目を下ろす。
19時15分を指していた。まだほんの少しだけ明るさが残っていた。
黄昏時どきに外にいるのは久しぶりだ。待ち合わせの場所に彼女の姿は見えなかった。
人を待たせるのは苦手だと話したことがあったから、気を遣って建物の影にでも隠れている
のだろうと考え始めた矢先に、後ろから肩を叩かれた。
「私も遅くなるってメールしようとしたら全く同じ文面のメールがあなたから届いたの」
男にしては小柄な自分と同じくらいの背丈でも、パンプスの踵の分だけ彼女の方が長身に見える。
手足がすらりと伸びた日本人離れしたスタイルだが、顔はどちらかと言えば和風の美人だ。
初めの頃は一緒に歩くのにもコンプレックスを感じていた。いつも凛としていて、天は二物を与えず
というが、才色兼備という例外もあるものだと思った。身に纏う服も記号(ブランド)にこだわらず、
服を征服し渾然一体となって自己を表現していた。
「めずらしく、砕けた格好ね」
「うん、広告関係のパーティーに呼ばれていたんだ。君の方こそ、ジーンズなんて、
しかもホワイト」
彼女のオフィスではジーンズは禁止されているのを知っていた。
着替えてきたのだと解ったが自分もそうだと悟られたくなかったので、その話題は途切れた。
言葉が出ない理由がもうひとつあった。彼女のジャケットが自分のそれと良く似たベージュだった。
昔の会話を思い出す。
「黒ずくめの着こなしは色音痴になるぞ」
「だって、レディースの服って黒しか売ってないんだもの」
インナーにモカブラウンのキャミソール。襟元にはサックスのオーガンジーのストール。
淡い色を上手に合わせていた。自分のボトムに白のコットンパンツを選ばなかったのは
正解だった。 <続く>
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