2016年6月20日月曜日

VOL・104 スーツのはなし ノベライズ<後編> 2009・08

予約していたイタリアンレストランに着く頃には、二人を夕闇が包んでいた。

それは街の中心から少しはずれたところにあった。

飲食店が立ち並ぶ喧騒が途切れて住宅街に変わるあたりだ。

どちらかというとイタリアの北の方の正調なリストランテをイメージしたことがはっきりと窺える。

実に品の良い料理を出してくれる。店の設えは簡素でもなく豪華すぎもせず、

居心地がとてもよかった。

 
 「オーナー、お久しぶり。ちょっと遅くなりました。」


 「二人とも相変わらずお洒落だね。大人のカジュアルって感じだけど。

  今日の服、打ち合わせでもしたのかな。」


 「いや、偶然ですよ。」


の自分の返事を掻き消すように、


 「ええ、ありがとうございます。」


と、彼女の声が明るく響いた。

 
知人に紹介されてこの店に通い始めて4年になるだろうか。

ほとんどは厨房仕事が多いオーナーシェフだが、ホールに出るときはいいスーツを着ている。

尋ねてみると、自分と同じショップの常連だったことから意気投合した。

今日はホールに立つ日のようだ。良くできた黒いスーツだった。

黒にありがちな他に対して攻撃的な感じは微塵もなかった。

 
 「今もあそこでスーツ作ってんの。」


 「当然でしょ。今はスーツだけでなく全部ですよ。先週行った時、

  オーナーの新しいジャケット見せてもらいましたよ。」


 
イタリアで修行した経験を持つオーナーと交わす会話はとても楽しかった。

点としてしかイメージできなかったイタリアの各都市が話を重ねるうちに二次元的に

つながっていく。


 「この暑い夏が終われば、秋のイタリアは食材の宝庫。

  フンギポルチーニが手に入るからリゾットでも作るかな。」


 「本当ですか。それは楽しみですね。必ず連絡くださいよ。」


                                        <完>

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