2016年6月22日水曜日

VOL・133 スーツフィクション  2012・1

携帯電話に着信メッセージのサインが灯っていた。

誰が掛けてきたのかは表示されていなかった。

「電話ください。田原です。」

やけに短く、挨拶もなし。いつもの丁寧な口調ではなかった。

些かの不安が過ぎったが、連絡をしてみる以外にそれを払拭する手立てはない。

発信者が表示不能だったことと呼出音で海外にいることは判った。

呼出音を数回聞いて、一度電話を切った。プライベートでも仕事でも渡航の話は聞いていなかった。

今までなら搭乗寸前に、突然連絡してきて現地の情報、

といっても美味しいレストランを聞いてくるだけなのだが、今回は何も言ってこなかった。

海外のどこかにいるのだが、西か東か、しばらく思いをめぐらすが

聞いてないものはいくら考えても無駄だ。時差を考えると迷惑な時刻かもしれないと

思いつつもリダイヤルした。

「もしもし、誰、プロント、プロント」

やっぱり、眠っていたのだろう。怪訝そうな声だ。

しかも国際電話だとこちらの名前がディスプレイされない。

「田原さんですか、三木ですが、プロントってイタリア?」

「あっ、先輩」

彼は私の顧客のひとりなのだが、歳が上であるという理由だけで私のことを

先輩と呼ぶ。

「いったい、どこにいるんだい」

「ベニスです。ヴェネツィア。さっき終わったばかりのパーティーで飲み過ぎて、

今はひたすら眠いんです。あすの朝、こっちから電話します。

タキシード作っといてもらえますか。

それから、タキシード着るのに必要なものを全部揃えてください。

急ぐわけじゃないんですがお願いします。

じゃ、おやすみなさい。」


< 続く >

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