タキシードを作ってくれという自分の用件を言い終えると、一方的に電話を切った。
田原にしては珍しいことだが、よほど眠かったのだろう。
時差を考えるとイタリアは日付が変わる頃だった。
田原はフリーランスの探偵みたいな仕事をしている。
クライアントからの要請を受けて動くのだが、私の知る限りでは、五ヶ国語を操ることもあり、
このところ海外づいているようだった。もともと服が好きでセンスがいい男だ。
体型のバランスにも恵まれている。
渡航歴が増えるたびに着こなしのうまさに拍車がかかっていた。
二人でイギリスとイタリアを旅したことがある。彼のおかげで言葉には困らなかった。
スーツのオリジンの地を辿るような楽しい旅だった。
また行こうと話しつつも数年が経っていた。
遅めのランチに何を食べようかと考え始めた頃、携帯が鳴る。
「田原です。おはようございます。昨晩は失礼しました」
「ボンジョールノ。こっちは、もうお昼過ぎだけど。よく眠れたかい。ヴェネツィアだって、どうしたんだい突然に」
「ここんとこ、高級ブランドのコピー商品を調査していたんです。
アジアばかりだと思っていたら、ヨーロッパにもアフリカからの偽ブランド品が
大量に入ってきているんですよ。高級ブランドっていうとイタリアかフランスが本拠地でしょ。
お膝元でそんなもん売られたら、そりゃ、いい気はしませんよね。
今回は秘密裏に動く必要があって、先輩に連絡しなかったんです。」
堰を切ったように田原は話を続けた。
「きのうは昼、夜とパーティーの連発でした。
ほら、先輩に勧められてミディアムグレイとチャコールグレイのスーツを色違いで作ったでしょ。
昼と夜のパーティーでそれぞれを使い分けたら、イタリアのセレブリティたちにすごく誉められたんですよ」
< 続く >
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