2016年6月22日水曜日

VOL・134 スーツフィクション  2012・2

タキシードを作ってくれという自分の用件を言い終えると、一方的に電話を切った。

田原にしては珍しいことだが、よほど眠かったのだろう。

時差を考えるとイタリアは日付が変わる頃だった。

田原はフリーランスの探偵みたいな仕事をしている。

クライアントからの要請を受けて動くのだが、私の知る限りでは、五ヶ国語を操ることもあり、

このところ海外づいているようだった。もともと服が好きでセンスがいい男だ。

体型のバランスにも恵まれている。

渡航歴が増えるたびに着こなしのうまさに拍車がかかっていた。

二人でイギリスとイタリアを旅したことがある。彼のおかげで言葉には困らなかった。

スーツのオリジンの地を辿るような楽しい旅だった。

また行こうと話しつつも数年が経っていた。



遅めのランチに何を食べようかと考え始めた頃、携帯が鳴る。


「田原です。おはようございます。昨晩は失礼しました」


「ボンジョールノ。こっちは、もうお昼過ぎだけど。よく眠れたかい。ヴェネツィアだって、どうしたんだい突然に」


「ここんとこ、高級ブランドのコピー商品を調査していたんです。

アジアばかりだと思っていたら、ヨーロッパにもアフリカからの偽ブランド品が

大量に入ってきているんですよ。高級ブランドっていうとイタリアかフランスが本拠地でしょ。

お膝元でそんなもん売られたら、そりゃ、いい気はしませんよね。

今回は秘密裏に動く必要があって、先輩に連絡しなかったんです。」


堰を切ったように田原は話を続けた。


「きのうは昼、夜とパーティーの連発でした

ほら、先輩に勧められてミディアムグレイとチャコールグレイのスーツを色違いで作ったでしょ。

昼と夜のパーティーでそれぞれを使い分けたら、イタリアのセレブリティたちにすごく誉められたんですよ」


< 続く >

0 件のコメント:

コメントを投稿