2016年6月22日水曜日

VOL・136 スーツフィクション  2012・4

「ええ、とりあえずタキシードを作っておいて下さい。帰国は2週間ほど先です。
 ジャケットも欲しいけど、帰って生地を見てからにします。

 先輩ね、一流ブランドのパーティに呼ばれるとやっぱりタキシードは必要だと感じたんですよ。 日本の男としてはイタリア男に負けたくない。僕には先輩がついているから助かります。
 その服、どこのかってよく聞かれますからね。
 ジャッポーネと答えるのがとても快感です」


いつもうまく着てくれるのは服屋にとって嬉しい限りだ。


しかも彼の着こなしには雑味がなく、やさしい色合わせがとてもうまい。


求めているのはフォルムの完成度であり、服単体に頼ることなく服装をイメージできる。

個性と自己流は異次元であり、ファッションは「たで喰う虫も好き好き」


許すからこそ、僕らのプライオリティが成り立つなんて粋がったりしたものだ。

よく二人で行くバーで、コピー商品をどう思うかと田原が尋ねてきたことがある。


その頃にはたぶん今の仕事のオファーがあったのだろう。


偽物の製造と販売は犯罪であることは誰でも知っている。


彼と話すときには、似非正義感など放っておいて本音の話になるのが楽しい。


その時の話を思い出す。


まず、人の心根。


車で、上級車種や大きい排気量のエンブレムに付け替えるバッジチューンをする人がいる。

自ら自分の車を偽物にしてしまっているわけである。

車の場合、出自は一緒だから完全な偽物ではないが、コピー商品を買う人の心根に


近いものがある。高い物は買えないけれども欲しい。そして所有している振りをしたい。


そこら辺の心境だ。買う側の心理を分析しても悲しくなるし、正義感を振りかざしても


つまらないと田原が言った。


じゃあ、別の観点から話してみようと私が切り出した。



<続く>  

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