「ええ、とりあえずタキシードを作っておいて下さい。帰国は2週間ほど先です。
ジャケットも欲しいけど、帰って生地を見てからにします。
先輩ね、一流ブランドのパーティに呼ばれるとやっぱりタキシードは必要だと感じたんですよ。 日本の男としてはイタリア男に負けたくない。僕には先輩がついているから助かります。
その服、どこのかってよく聞かれますからね。
ジャッポーネと答えるのがとても快感です」
いつもうまく着てくれるのは服屋にとって嬉しい限りだ。
しかも彼の着こなしには雑味がなく、やさしい色合わせがとてもうまい。
求めているのはフォルムの完成度であり、服単体に頼ることなく服装をイメージできる。
個性と自己流は異次元であり、ファッションは「たで喰う虫も好き好き」を
許すからこそ、僕らのプライオリティが成り立つなんて粋がったりしたものだ。
よく二人で行くバーで、コピー商品をどう思うかと田原が尋ねてきたことがある。
その頃にはたぶん今の仕事のオファーがあったのだろう。
偽物の製造と販売は犯罪であることは誰でも知っている。
彼と話すときには、似非正義感など放っておいて本音の話になるのが楽しい。
その時の話を思い出す。
まず、人の心根。
車で、上級車種や大きい排気量のエンブレムに付け替えるバッジチューンをする人がいる。
自ら自分の車を偽物にしてしまっているわけである。
車の場合、出自は一緒だから完全な偽物ではないが、コピー商品を買う人の心根に
近いものがある。高い物は買えないけれども欲しい。そして所有している振りをしたい。
そこら辺の心境だ。買う側の心理を分析しても悲しくなるし、正義感を振りかざしても
つまらないと田原が言った。
じゃあ、別の観点から話してみようと私が切り出した。
<続く>
0 件のコメント:
コメントを投稿